医師の選び方 - 発作が止まらないとき


まえがき
てんかんを発症するのは、人口の約1%と見積もられていますので、日本では100万人を超える人々が、「てんかん」を患っていることになります。幸いなことに、その約半数は、(大雑把に云って)誰がどのように治療しても発作が抑制でき、あるいは治療しなくても時間が経過するとともに良くなる予後良好のてんかんですし、残りの半数では適当な薬物治療をすれば発作が抑えられます。ですから、あなたが幸運にもこの範疇に属するのなら、このページを読む必要はないでしょう(それでも、それまでの過程を安心して過ごすには役に立つかも知れません)。また、まだ発作があっても、あなたが今の状態に満足しているのであれば、それはそれで幸せなことです。しかし、最近の10数年間に脳の研究が進むとともにコンピュータを中心とする技術革新で、てんかんを正確に診断し、外科治療を含めて的確に治療することが可能になりつつあります。もしあなたが今の状態を不満に思い、もっと良くなりたいと思っているのであれば、これから述べることを真剣に考えて下さい。あなた、あるいはあなたの子供の治療を担当している医師を”医者”としか呼べないのは信頼と尊敬の気持ちがないということで、とても不幸な状態です。医師に対して、身体のことは何でも知っているべきとか、何でも出来るはずだとか過剰な期待はそもそも実現不可能であり、有害なことも少なくないようです。選んだのはあなた自身ですから、選択の責任はあなたにもあるのではないですか?あなた、あるいはあなたの子供の将来の人生にとって何が大切かということを基準に、いろいろな”思い込み”なしで、論理的に考えて見てください。繰り返しますが、その結果として何を選択するかは、あなたの権利ですし、その責任もあなたにあります。 
医師は誰でも同じではありません
それらは、教育、訓練、経験、学識そして興味の対象によって大きく異なっています。ここで今から述べることは、当然のことですが、医師の人格や資質の全てについて言及し批判しようと意図したものではありませんし、例えばあなたの職業上の知識や技術が他のそうでない人より優れているというのと全く同じことなのです。医師は、大学医学部で6年間の教育を受け、国家試験合格後に医師として各々の専門領域(内科、外科、整形外科、脳外科、神経内科、精神科、小児科など)で何年も訓練を受け経験を積みますが、ここで問題としているてんかんについてはどうでしょうか?共通に学ぶのは、医学部での数時間の講義だけで、それも、実際にはてんかんを理解していない教官が、古い記述の教科書(著者もてんかんの専門家とはかぎらない)に基づいて講義するだけかもしれません。一般には、脳外科医は脳の専門家という認識があるかもしれませんが、実は、脳外科で取り扱う一般的な病気は、脳を循環する血管系の病気や、頭蓋内あるいは脳内にできる腫瘍、あるいは外傷であり、脳そのもののことを学ぶのは、その人がそれに興味がある場合だけなのです。ですから、脳外科医は、脳及びその周辺の手術の専門家(その優劣に個人差があるのも当然のことですが)とは云えますが、かならずしも、脳の専門家でもなければ”てんかん”の専門家でもありません。小児科、神経内科、精神科についても全く同じことが云えます。さらに複雑なことに、大学の小児神経科や神経内科を標傍し”てんかんの専門家”と自負するところでも、発作時脳波モニタリングを人手が掛るという理由で省略し、てんかんの表面的な分類だけで満足してしまい、その本質的原因を探り可能な治療を追及しようとはしていないことが珍しくありません(ビデオ脳波同時モニタリングは健康保険では認められていないので、検査にかかわる費用の出所がありません。国民の大多数はそんな検査は過剰検査でお金は出せないと言っているのですが、これは別の問題にしておきます)。例えば、XXてんかんとかXX症候群とかの診断名だけでは、その治療に最も重要な病因についての情報は得られないのです。てんかんの診断と治療に必要な脳波や各種の画像(CT,MRI,SPECT,PETなど)の診断も、現在の技術水準では自動的に診断されるのではなく、目で見ると自然にわかるわけでもないのです。人がその経験と知識(背景となる脳の働きに関する知識も含めて)によって読み取り、さらに利用可能なすべての情報をもとに診断するのですから、最新の装置が設備されていればよいわけではないのです。したがって大学病院や大規模病院であれば正確に診断できるわけではなく、正確に読み取る人(医師)がいることが重要なのです。具体的な事実をあげてみると、日本てんかん学会の総会員数は約1500名で毎年の学会出席者は概ね500〜600人ですが、日本の26〜27万の医師数の0.5%位(200人に1人)でしかありません。残念なことに、臨床家の多くは活発な科学者ではなく、科学としての“てんかん学”に興味さえ持っていないし、実験的な臨床研究の論文を読まず、まして投稿することもないでしょう。以上のような理由で、あなたやあなたの子供の状況を今よりもっと良くしたいと真剣に考えているのなら、あなたにもっとも適した医師を選ばなければなりません。“XX大学病院でXX教授の診療を受けている”といっても、それだけではよりよい治療を受ける何の保証にもならないのです。あなたが、自動車とか家といった高価なものを購入しようと考えたときにはもっと熱心に情報を集め調査するのではありませんか?現在の日本の状況では、あなたが必要としている医療の質を判断する十分な情報を手に入れるのは困難かもしれませんが、医師の選択は、あなた自身の人生に関わる重要なことで、あなたの権利であると同時にあなた自身が解決しなければならない仕事であり責任なのです。医師がすべて同じでないように、“てんかん”の状態と要求される医療も一人一人で異なり、医師を選ぶ基準を一律に示すことはできませんが、判断の基準となるヒントを考えてみましょう。
てんかん治療の目標
てんかん治療の目標は、次の3項目にまとめることができます。すなわち、 
  1. 発作がなくなること
  2. 治療による副作用がないこと
  3. QOL(Qality of life, 生活(人生)の質)が第一優先、発作抑制は2番目
治療による副作用なしで発作が完全になくなることが理想ですが、その実現が困難な場合も多くあります。これを読んでいるあなたの場合もそうかもしれません。その場合の治療目標は、発作があってもその人の生活と人生への悪い影響を最小にすることになるでしょう。発作は止まっても、日常の生活や、脳の発達への支障が大きければ治療の意味がありません。治療(抗てんかん薬による内科的治療と、手術による外科的治療)の副作用と発作抑制の兼ね合いのなかで、より高いQOLを目指すわけですが、QOLの評価は、一人一人で異なり、一概に何らかの指標で決められるものではありませんし、本人が評価すべきものです。ある手術によって発作回数が1/10になっても、わずかでも発作が残ればQOLは変わらないのでその手術の意味は無いとか発言する医師もいますが、それは、他人の生活の質を云々する僭越なことで、あくまで患者本人とその家族が評価すべきことでしょう。また通常明示的に考慮されていないことは、治療しなかったことによる利得対損失比の評価です。例えば、小児のてんかんで、手術による治療をと考えたときには、手術によって生じるであろう損失(障害が気づかれない程のこともあれば、運動や記憶などに明らかな障害がでることもある)と、手術によって発作が抑制されることによる利得を勘案するのは当然です。しかし、さらに、手術を選択しなかった場合には、例え何年か後には発作が抑制できたとしても、その数年間の間に発作がなければできたであろう脳の学習と発達の機会は失われ取り戻せないという可能性も、外科治療をしなかった場合の損失、した場合の利得として評価に加えるべきです。小児の発達の重要な時期のてんかん治療には、学習発達のタイミングを失しないことが重要で、小児神経科医師には、できるだけ早期に判断する努力が求められます
説明と同意(インフォームド コンセント、Informed Consent)
近年、医師の義務(患者の権利)としての“インフォームド コンセント”が重視され、輸血や手術の前には、「XXという説明を受けXXという治療を受けることを同意しました」という文書を残すようになっています。この形式的方法は後で生じるかもしれない医療訴訟に備えただけのものとすれば問題が残りますが、“インフォームド コンセント”の概念は、すべての医療行為について適用されるべきです。そして多くの場合には、すでに実行されているように思えます。少なくとも医師の方は、病気とその治療について説明していると考えているようですし実際に説明していると思われます。ただこれは一方的に説明しただけで、その説明が理解されていないことも多いのではないでしょうか?理解したいという能動的欲求(動機)がなければ、学習(記憶)が成立しないのが脳のメカニズムです。あなたは、あなたの主治医に説明を求める権利がありますが、それを理解しようとする努力も必要なのです。そして、医師は理解の程度を確認しながら分かり易く説明しなければなりません。あなたは、あなたが服薬している薬の名前とその量、そして現在の治療に至った経緯や今までに経験した副作用について言えますか? “逆インフォームド コンセント”はもっと重要かもしれません。あなたの主治医は、あなたの他に何人ものてんかん患者の診療を行っていて、その大部分の患者ではうまくいっているのです。医師も患者の真の要求を汲み取る努力をしなければなりませんが、あなたが現状に不満でどうしたいのかを伝えなければ、あなたの主治医には分からないのが当然ですし、不満を非当事者に言うのはフェアではありません。以上に述べた、患者と医師の関係がうまく機能していれば相互信頼関係が自ずと醸成され、医師は、たとえてんかんの専門家ではなくても、医療の専門家ですからあなたよりも簡単に必要な情報にアクセスでき、よりよい判断と結果が期待できるでしょうし、専門医への紹介も円滑に行えるでしょう。もし、不幸なことに、あなたの努力にもかかわらず上記の関係がうまくいかないときは、主治医を変えることを考えるべきかもしれません。
てんかん治療の質
上記のことを踏まえた上で、あなたが現在受けている医療の質を判断するいくつかのヒントを挙げてみましょう。てんかん発作は多くの一様でない原因で起こり、完全にそのメカニズムが解明されているわけでもありません。しかし、多くの経験から、てんかん治療の原則に関する合意もあります。てんかんの治療はその原則に基づいて始めれば、よい治療効果を高い確率で得られるのです。
発作の様子を詳しく聞かれたことがありません
特定の抗てんかん薬は、特定の発作型によく効くという特性が経験的に知られています。したがって、てんかんの治療は発作型の診断をすることから始まります。てんかんに詳しい医師なら本人と目撃者(多くは家族)から発作の様子や今までの経過などを聴取するだけで概ね予想できます。既往歴や理学的診察、脳波や画像(MRI,CT)から得られる情報を総合的に判断して診断しますが、時には、発作時の脳波−ビデオ同時記録が必要になる場合もあります。 また、てんかん発作と誤られる偽発作の可能性もあります。その場合には、抗てんかん薬治療ではなく別のアプローチが必要です。また、てんかん発作と偽発作を合わせ持つ例では、それらを区別できなければ有効な抗てんかん薬治療も難しいでしょう。 医師が実際に発作を観察する機会はないといってもいいでしょう。しかし論文などで知っていればいれば、どういう発作か聞き出すことができます。もし知らなければ、その情報の評価ができないので聞き出す努力すらしないかもしれません。診察室で黙って座ればピタリと当たる占いではないのですから、診察時間が数分で終わるとは考えられません。
初めての発作後すぐに抗てんかん薬を処方されました
てんかんと診断するには、繰り返して発作が起こる状態であることの確認が必要ですし、その場合に治療が必要なのですから、普通は1回だけの発作では治療を始めません。ただし、他の理由で繰り返して発作が起こることが十分な確度で予測できる場合には抗てんかん薬が処方されるかもしれません。
最初から複数の抗てんかん薬を処方されました
原則的には、特定の発作型ごとに推奨されている第一選択薬の単剤で治療を開始します。そうでなければ、その理由の説明があるはずです。また、成人の発作に少量のバルプロ酸が処方されていた例に多く遭遇しますが、これで発作が無いのなら、実はこの薬は飲まなくてもよいのかもしれません。
服薬のチェック(血中濃度測定)や服薬指導を受けたことがありません
原則的には、特定の発作型ごとに推奨されている第一選択薬の単剤を、副作用がなくて発作を抑制できる量だけ投与し、この有効血中濃度範囲を維持します。いわば、起こるかもしれない発作を予防するために服薬するのですから、飲み忘れも多くなりがちです(コンプライアンス不良)。それを防止するには医師が十分に服薬の重要性を説明すべきですし、それができなければ、投薬量の調整も困難です。 
発作を報告する度に、抗てんかん薬が増量されたり、種類が変わったりします
一時的な要因で発作がたまたま起こったのかもしれません。あるいは、薬の飲み忘れがあったかもしれませんし、1回の発作だけで現在の治療効果を評価することはできません。
上記のことの繰り返しで2年以上漫然と治療されています
てんかん治療の原則に基づいて系統的に治療を試みれば、2ー3年間で、そのてんかん発作が薬物で抑えられるかどうか判断できるでしょう。その結果、抗てんかん薬の効果が低く、外科治療などの他の治療法も選択できなければ、残念ながら、その状態を受け入れていただくしかありません。医療以外の側面での協力も得て、その条件下で幸せに過ごせる方法を見つけ出すことになります。しかし、過去に行われた調査結果では、難治てんかんとされたものの多くは、てんかん治療の原則に基づいた適切な薬物治療を行えば発作が抑制できたと報告されています。見せかけの難治てんかんだったわけです。加えて、最近の検査技術の進歩と脳外科手術の進歩により、脳の構造的異常が発見され外科的に治療できるてんかん症例が増えています。脳に操作を加えるのは好ましくないという医師の感情的思い込みからか、1回CTスキャン検査をしただけで、その後非常に長期間上記のような薬物治療を続け、私どものところでMRI検査を施行したところ良性の脳腫瘍が見つかり手術により完全に治癒した例もあります。”脳に操作を加えるのは好ましくない”という考え方そのものは尊重されるべきと思いますが、その価値判断を患者に押し付けたのは不遜なこととしか思えません(付け加えれば、薬物治療も脳に操作を加えることに違いありませんし、そうでなければ脳で起こる発作を止めることはできないでしょう)。医学の知識や検査技術は進歩していますから、時々は、そのてんかん発作の原因とその脳部位を探る努力をしなければ、医師の怠慢と非難されても仕方ないでしょう。
また逆に、10年以上も発作が全く無いのに、例えば少量のバルプロ酸(400mg)やカルバマゼピン(200mg)を服用し続けて“てんかん”という病名にこだわりつづける場合も少なからず経験します。本当に薬が必要なら仕方ありませんが、一回もそのことが確かめられていないのです。
 
以上に述べたことは、てんかん治療の最高水準についてではなく、一次医療を担当する医師にも実行して頂きたい”てんかん治療”の最低水準ともいえるものです。希望的すぎるかもしれませんが、原則的に、てんかんは治癒する(あるいはコントロールできる)という立場で治療すべきだと考えています。考えられる全ての実施可能な治療でも発作を抑えることができない難治例も未だ多く残されているのですが、全体の80%で治療は成功するのです。発作が未だ抑えられなくても、”てんかんは治らない”とか”こんなものだ”とあきらめてしまうのは早計かもしれません。 

(K. Ono)

インターネット接続総数では米国に次いで2番目に多い日本ですが、アクセスできる有用な日本語の医療情報は多くありません。私ども、長崎てんかんグループでは、1996年春に独自のWebページを公開しました。そのときから寄せられた多くの質問、要望に加え、私どもが日々の臨床場面でよく経験することが動機となってこのようなページを準備しました。てんかんで悩んでおられる多くの方々にとって有用であることを願っております。なお、ご意見、誤り(誤字、脱字、認識の誤りなど)や不適当な記述などについては、WEB管理者までお知らせ下さい。なお、部分的な引用は誤解を招くおそれもありますのでご遠慮下さい。