小児科におけるてんかん治療の重要性

この小論は筆者の個人的見解を述べたもので、内容、表現等に不適切な点があってもその責任はすべて筆者にあります。ご意見、ご批判は歓迎致しますし、納得できるご指摘ならば修正するのに吝かでありません。
昨年(1998年)の某学会の「小児のてんかん外科治療の適応」というテーマのシンポジウムで、5年、10年あるいは15年待てば発作が消失した症例があるので外科手術適応を考えるのは、それからでもよいという発表があり、小児神経科医の一般的認識を再確認するとともに、未だにそのように考えているのかと大変驚かされました。小児神経科医ほど、生後数年以内に発症するウエスト症候群、レノックス症候群などの難治てんかんをたくさん診療しそのなかの少なくない子供達が寝たっきりになるなど不幸な状態を余儀なくされているのを知っているはずなのです。どこの脳外科に紹介していいのか分からないなどという信じられない話も聞きました。脳外科的治療というのがあるのは知っているけれども、自分が診ている子供のことではないと思い、自分でその子供の外科的治療の適応を考える意識がない、あるいは能力、知識がないということを公にしているとしか思えません。論理的に云えば”外科治療の適応”を判断できないのに、”外科的治療の適応がない”と判断できるはずはありません。てんかんの専門家なら自分で検査判断し、必要なら脳外科医に必要な検査を指示し、どこをどれだけ切除してくれと依頼すればいいのです。そういったことが出来ないのなら、患者やその家族への説明も充分になされていないのではとも疑ってしまいます。---------最近(2003年)の信じられない経験
ウエスト症候群が典型例ですが、生後の脳発達初期に発症するてんかんは、おそらくその発達段階での脳の特性(未だに解明されていない)で、発作は全般発作の外観を呈することがしばしばあります。全般発作の病因は脳幹部にあるという実証されていない古典的考え(中心脳仮説)を信じて、例えば、レノックス症候群では、全般性強直発作が長年にわたって起るので、その病因は脳幹にあるなどという非論理的主張をする権威者がいるので、ウェスト症候群=全般発作=非手術適応となるのでしょうか?極端な例ですが、四肢の筋を支配している脊髄運動ニューロンがすべてのけいれん発作の原因であると主張するのと同じではありませんか?そうではなくて、他の脳部位、例えば大脳皮質に病変があり、そこが脳幹部を使って発作症状を起こすとは考えられないのでしょうか?発作症状はあくまで外観であって原因を直接示すものではないのです。この考えを支持する論文の一部をここに挙げておきます。
外科治療選択を躊躇するもう一つの理由として、”心の宿る器官”である脳に手を加えてはいけないという倫理的判断があるかもしれません。これは、一見正当な理由のように思えます。しかし、次に説明するように、脳は常に外部から影響を受け、その働きが変えられていく器官なのです。治療しなくても薬物治療でも、脳の働きは変わっていくでしょう。薬を止めれば血中濃度は下がりついには無くなってしまいますが、飲んでいる間の脳の変化は残るでしょう。脳は本質的に変わり続ける器官ですから、どのように変わるかが重要でその評価の基準は、患者本人とその家族のQOLだと考えるべきではないでしょうか。 
私たちが有用だと主張している「脳梁離断術」の適応云々は別の話としても、MRIの発達普及によっていわゆる脳形成異常症の一群が発見される機会が増加し、ウエスト症候群やその他の難治てんかんの原因と同定され外科的治療で治癒した症例が多く報告されています。脳形成異常内の神経細胞は、元来の機能を果たしてもいないし、温存していても将来正常になることもないのです。それがてんかんの原因であることがわかれば、できるだけ早期に切除すべきです。それを、患児の発達が遅れ始めても2年3年と先延ばしにする論理的、倫理的根拠は何なのでしょうか? 確かに現在のところ科学的(統計学的)に証明できるほどの症例の経験はありません(新たに見つかった似たような脳形成異常症例をランダムに薬物治療と外科的治療に割り当て例えば10年後にどちらが優れていたかを比較するような研究は、倫理的にもできそうにありません)。ただ私たちが経験したなかで、2例を提示し比較してみたいと思います。 1例目は、生後2週で発症し発達退行が見られはじめて1年以上経過した2歳時に手術を受けた症例で、発作は消失し、発達も回復したが術後約3年を経過した時点でも未だ正常発達に達していません。2例目は、生後 1 日で発症し生後2ヶ月時に1回目手術を受け1歳時までに2回の追加切除をした症例ですが、術後約1年で正常発達レベルに達しています。
小児科医がてんかんの診療において考慮すべきもう一つのことは、患児が成人に達した時に予想されるQOLです。てんかんの原因となっている病態あるいは治療薬物の生物学的な理由で直接引き起こされるかもしれない学習障害の可能性に加えて、個人差は大きいものの人格形成の重要な時期に、てんかんであるということで受けた長期間の保護的生活、行動制限、生活環境、社会的偏見の心理的影響がパーソナリティ形成に障害となる可能性も十分考慮すべきで、単に発作が無くなればよいという訳ではないでしょう。発作が無くなった後も、”てんかん”でない自分を受け入れることができないという場合も珍しくないようです。同じ側頭葉てんかんでも成人になって発症した方が、小児期発症の人より社会的適応性が高いことが多いというのは私だけの個人的感触でしょうか。

小児神経専門医: 発達障害を伴った難治てんかん群の手術効果は限定的であり、よく経過を見極めることが必要である
当グループ脳外科医: そうなる(発達障害が固定する)前に紹介して下さい
最近(2004年1月末)、著名な小児神経科の先生の”外科治療が可能な小児てんかん”についての講演を拝聴してきました。内容は、基本的に数年前から米国の先生が言っていることと変わることはなく、何の新しいこともありませんでした。少しは変化があるのかと期待していたのですが、残念ながら小児神経科医の発作抑制が困難で発達遅滞を引き起こす難治てんかん群 (Catastrophic epilepsies) に対する考え方は変わっていないようでした。例えば、”生後すぐに発作が起こり内科的に治療困難な場合でも、その原因部位が、数年もすればはっきりとMRIでわかるようになる(=病変は最初から存在していたが気が付かなかった)ことがあるので、その段階で慎重に外科的治療を考えなければならない”と堂々と言われるのです。確かにそのとおりで、その段階で手術すれば発作を止めることも可能なのですが、その時にはその子の人生が、重度の発達遅滞とともに生きていくことが確定してしまっているのです。私たちが求めているのは,そうなる前に救える例を見逃さないようにということなのですから、全く話が噛み合いません。”手術をしても、また再発することもあるので完治が見込めない手術は反対”とか、”小さな未熟な脳を手術するのは可哀想で躊躇せざるを得ない”とのことですが、発作が止まっている間の発達で、その子の人生がずっと良くなるかもしれないというお考えはないようです。多くの経験的事実が示している、脳発達(学習)における生後数年間の特異的重要性を真剣に考慮して欲しいと思います。
極端な例えですが、私の子供や孫なら ”麻痺はないけど、自分の意志で自由に使えない両手での寝たきりの人生”よりも ”片手は上手に動かせなくても、歩くのが多少不自由でも、自分で考え自分の意志で行動できる人生”を躊躇なく選ぶと思います(注:麻痺などの手術後遺症が必ず起こるわけではなく、もしそれが予測される場合には、どちらの利益が大きいかという相対的な判断が必要です)。

てんかんの外科治療は、最後の手段ではない − 100年前にも同じ議論

1886年 最初の現代的てんかん脳手術を行なった米国のロズウェルパーク (Roswell Park) は、後年、てんかん外科の最初の四半期世紀を以下のように要約しています: 

「大きな収穫がてんかんの外科の治療で得られただろうか? 答として、私は、そのような収穫は比較的小さく、私たちは30年前と比べてもこの症候群の主要因のことをほとんど知らないと言いたい。問題は手術そのものが誤りであるのではなく、患者の意識的あるいは無意識の期待が余りにも大きいことである。手術しなければさらに見込みがないという理由で、見込みがそれほど有望でない症例での手術意義を信じている」 

そして、その理由について次のように述べています: 

「通常、様々な薬が様々な内科医によって使用され長い年月が経過している。 これらの患者が最終的に外科に送られたときには、病気はかなり長く続いており、しかも発作の抑制には十分な注意がはらわれず、軽視され、悲惨な外科の対象となるように投薬されている。 私は多くのてんかん患者の手術をしたが、まだそれが手術されるべきである初期に手術したことはない。それらはいつも(不可逆的障害が起こった後に)遅く来る。 これは、主として内科医の不注意、および親や友達の偏見による」 
 


参考論文



 
 
てんかんの早期治療(治癒)が必要な理由
(1)てんかんは、脳の機能障害です。
(2)脳機能の本質は情報処理です。 
脳は物質で作られていますが、それが脳機能の本質ではありません。それぞれの脳は、それが造られたときから、刻々と入ってくる外部からの情報を処理し貯え自分自身を造りあげていくのです(学習)。それは、一部分、コンピュータのハードウエアとソフトウエアに喩えられるかも知れません。コンピュータを造っている物質をいくら詳細に調べても、そのコンピュータがしている仕事(機能)はわかりません。それに付与されたソフトウエア(情報)が、入ってくる情報をどう処理しどう外部に応答するかを決めているのです。すなわち、情報は、本質的に物質の世界とは別次元のものです。すなわち、情報処理を実現するためには、物質を利用しますが、それは、現在のコンピュータのように、電気、光、磁気信号を利用しても、あるいは、脳で使っているように蛋白質の構造の変化でもいいのです。神経細胞は、その接続と信号伝達の効率を変化させることによって情報を貯えます(学習)。ですから、神経細胞の存在そのものに意義があるのではなく、その存在する場所(接続)が重要で、このことは、身体の他の細胞、例えば肝細胞などとの本質的違いといえるでしょう。 
 
(3)てんかんは脳機能を阻害する ? 
てんかん発作あるいは、発作の原因としての神経細胞の局所的な異常活動が、広範な神経活動に影響し脳の情報処理を阻害しているらしいという状況証拠がたくさんあります。生まれた後の、姿勢保持や各種の運動機能の獲得、言語機能の獲得、性格あるいは人格の形成などすべての脳が学習獲得していく過程が阻害される可能性があります。 
 
(4)脳の発達(学習)能力には、ある種の臨界期(その時しか出来ないタイミング)がある。
たとえば、生後の解剖学的な脳の発達(変化)速度は、おおよそ5歳時のピークに向かって急速に起こり、その後は減少していきます。言語や行動学的学習の基盤となる脳機能の発達もそれとパラレルに起こっていると考えられます。そして、そのタイミングを逃せば、それらの獲得は非常に困難なものになるでしょう。

(1999年3月             K. ONO)
2004年2月改定