ケトン食療法: その問題点



 
     てんかんの治療の仕事に携わる多くの人々が周知の通り、最近、特に乳幼児の非常に重症なてんかん患者のてんかん発作の軽減のために、ケトン食療法を用いることについて、 とても多くの興味が集まっています。このケトン食療法の有効性をめぐる論議は、その作用機序が不明であることと、その食事療法を続けることの難しさにあります。このような状況では、この療法の有効性を大規模な臨床における対照研究で証明する試みは未だになされていません。さらに、この食事療法の栄養管理には、栄養士および栄養学者の全面的な関与を必要とするにも関わらず、多くの栄養士はこの高脂肪かつ非常な低炭水化物の食事を提供するようには教育されていません。 
解説ケトン食療法は、その食事に含まれる高脂肪が、脂肪からのケトン体への変換を起こし、そのケトン体がぶどう糖の代わりのエネルギー源として利用されることにその名前が由来しています。糖類から構成される炭水化物を食事から除去し、非常に高脂肪の食事に代えると、身体にはぶどう糖の直接の供給源が無くなります。その結果、利用可能な供給源からケトン体が作られ、これらが燃料として用いられます。身体はケトン体よりもぶどう糖の利用を優先するので、非常に極少量のしょ糖ですら、身体をぶどう糖の産生と利用に転換してしまうため、炭水化物の制限には細心の注意が必要とされます。例えば、この制限の例として、ケトン療法中のこども達が毎日服用する総合ビタミン剤を、注意して無糖のものにするというふうにです。 
背景ケトン症、または、血中のケトン体が増加した生理的な状況は、ふつう絶食の状態の人々に起こります。非常に高脂肪の食事によっても絶食と同様な状態を引き起こすことができます。すなわちケトン食です。ケトン症のてんかん発作への好ましい効果は、すでに19世紀に観察されており、この作用をてんかんの治療に利用しようとする系統的な努力は、現在の種々の抗てんかん薬が開発され、利用可能となる以前の、1920年代にまでさかのぼります。 
ケンタッキー大学におけるてんかんの総合的プログラムの指導者であるエドウィン トレヴァザン Edwin Trevathan 医学博士は、「ケトン食療法─小児例に有効か?」 "The Ketogenic Diet - Does it Work in Children?" のなかで、ケトン食療法の臨床的使用の歴史的変遷を概説しています。博士は、ケトン食療法を、「成長するのに十分な蛋白質と炭水化物を含む、厳密に計算された高脂肪食で、ケトン血症を保てる様に計画したもの。」と定義しています。ケトン食療法の臨床報告は、1980年以前と以後に大別されます。 1980年以前では、研究は殆ど後方視的または逸話風で、種々の患者で構成された集団であり、当時てんかんの治療でまだ利用できなかった、カルバマゼピンとバルプロ酸の使用が含まれておらず、“古典的な”ケトン食が用いられていました。1980年以降の研究も、大方は依然として後方視的で、小規模なものですが、一般に中鎖脂肪酸 midium-chain triglyceride (MCT) ケトン食が用いられており、たいてい非常に難治な症例を対象としています。MCTケトン食は、総熱量の60%をMCTオイルで摂取することで、古典的ケトン食に比べ、蛋白質と炭水化物の許容量が増加し、より嗜好に合うように意図されたものです。しかしながら、最近の経験は、MCTケトン食より古典的ケトン食の方が我慢しやすいようであると示唆しています。上記のような種々の因子のために、結果の解釈が難しいのですが、1960年代と1970年代の臨床研究は、概してケトン食療法の好成績を報告しています。難治性のてんかん792例を含む1000人の患者についての1977年の報告では、54%で発作がコントロールされ、26%で著明な改善が認められました。トレヴァザン博士は、現在の異なった患者集団と、その後追加された利用可能な治療の選択枝の存在する状況下では、この調査結果の解釈は難しいことを強調しました。不都合なことに、この治療の重大な欠点の一つは、この厳密に計算された食事療法を厳守することの難しさにあります。(この食事療法中の子供は、他の子から一枚のクッキーやあめ玉一個さえ分けてもらうことも出来ませんし、特別なお祝いや、祝日の集まりのご馳走においても同様です。)てんかん発作の改善が保てるかどうかは、この食事療法を厳守できるかどうかに関わっているという可能性は、すなわち、食事療法の厳守の能力が、発作のコントロールを維持できるかどうかに影響するということで、とても不幸なことです。 
 

難治性のてんかんに罹患しているこども達の一部は、このケトン食療法によって治る可能性があることが明らかであるので、この食事療法の危険性と有効性についての長期的なよいデータが得られていない現状では、この療法は、難治性の患者にのみ適用することが妥当であるようです。臨床的なてんかん診療におけるケトン食療法の適切な役割を明確にするには、さらなる臨床研究が必要です。 


 
 


臨床試験の結果 


ワシントンDCにある国立小児医療センターの研究員であるマルキオ ヴァスコンチェロス Marcio Vasconcelos 医学博士は、「難治性てんかんの小児例におけるケトン食療法の有効性と有害性」 "Efficacy and Toxicity of the Ketogenic Diet in Children With Intractable Epilepsy" と題する談話の中で、ケトン食療法の臨床的試みの結果を示しました。博士は、以下の三点を明らかにしました。第一に、1992年から、1995年までの患者で、ケトン食療法の有効性を後方視的に評価しました。第二に、有効性に影響する要因を明らかにしました。第三に、ケトン食療法の副作用の発症率と症状の重さを調査しました。ケトン食療法は、入院期間中に始められました。29人の患者のうち、12人は3:1の割合のケトン食療法、すなわち、脂質が3に対し蛋白質と炭水化物の合計が1の割合の食事療法を受け、14人は4:1のケトン食、2人の患者は5:1、1人はMCT療法を受けました。食事療法の開始後、6人の患者は1週間以内に療法を中止し、16人は1週間以降〜12ヶ月以前に中止し、7人は12ヶ月以降まで療法を続けることができました。1週間以降に療法を中止した16人のうち、6人は発作が改善しなかったために療法を中止し、5人は発作が再発したために中止し、2人はこの食事療法をそれ以上続けることを拒否したため中止しました。この食事療法の結果は、23人の患者について、(すなわち、1週間以内に療法を中止しなかった患者について)評価しました。23人のうち、5人(22%)は発作が消失、7人(31%)は50%以上の発作の改善、1人が50%以下の発作の改善、10人(43%)は発作は改善せずそのままでした。23人のうち、11人は気分が良くなったり、活動性の程度が上がり、8人は変化なく、2人はひどく(イライラしたり、攻撃的になったり)なりました。 

これらの結果に基づき、ヴァスコンチェロス 博士は、以下のような結論に達しました。 

ケトン食療法は、23人の患者のうち、12人に有効でした。最も良い反応を示した発作のタイプは、全般化強直間代発作、無動発作、ミオクロニー発作で、部分発作は最も反応しませんでした。21人の患者のうち、11人はこの食事療法中、気分が良くなったり、活動性の改善を示しました。29人のうち、6人で副作用のためにこの療法を中止せざるを得ず、最も重い副作用は1人の患者にみられたアシドーシスでした。予後に関連しないように見える因子としては、以下が挙げられます。 

  1. 年令
  2. 食事中の脂質比
  3. 異なった発作のタイプの数
  4. 構造的な病変の存在
予後に影響するように思われる因子としては、以下が挙げられます。 
  1. 発作の型
  2. 療法開始以前の抗てんかん薬の数
 


説明を探している治療 


ケトン食療法を、「説明を探している治療」 "therapy in search of an explanation"と呼ぶ、タフツ Tufts 大学医学部とボストンのニューイングランド医療センターの準教授である、カール・イー・スタフストロム Carl E. Stafstrom 医学博士は、ケトン食療法の作用機序を解明するための動物実験から、この療法には、はっきりした有益な作用があることを述べました。動物モデルは、食事の成分、てんかん発作のタイプ、種々の生化学-神経学的要因などの各因子について、詳しく調節・評価が出来るので、役に立ちます。各々の実験の計画が種々に多様であることから、大まかに結論づけることが難しいことに注意を喚起しなければなりませんが、スタフストロム医学博士は、動物実験から以下のような事柄を知り得たと示唆しました。 
1) ケトン食療法は、ある種のモデルでは、急性のけいれん発作を防ぐように見受けられます。 
2) 抗けいれん作用は、ケトン血症に付随した、アシドーシスや、他の代謝上の影響よりも、ケトン血症それ自体に関係しているようです。 
3) いくつかの実験上の反応の特徴は、臨床的に観察された特徴と似ています。例えば、この療法は、ちょうど成人より幼児の症例でより有効であるのと同様に、より幼若な動物により効果があるように見受けられます。さらに、効果の始まりはゆるやかですが、効果の消失は急速です。これは、臨床的に、この療法を始めてから効果が確立するまで数日を要しますが、しかし、炭水化物の摂取によって、ケトン血症が中断すると、抗けいれん作用は数時間の内に消失してしまうことから分かります。これが、なぜこの食事療法を厳密に維持することが重要か、また、どうしてそんなに簡単に効果が無くなるのか、という理由です。その子供が、ほんの一・二枚のクッキーや、あめ玉を食べただけで、何週間もの大変な努力が台無しになってしまいます。なぜなら、それらの食品に含まれるぶどう糖は、身体が燃料としてケトン体よりもぶどう糖を利用するように代謝を切り替えるのに十分なぶどう糖を含んでいるからです。(身体がケトン体を利用するのは、糖質が得られない時だけであることを思い出しましょう。極少量でも糖が得られたとたんに、身体は燃料として利用するために直ちに糖質をぶどう糖に変換します。) スタフストロム博士は、ケトン食を与えられたラットと普通食のラットを様々な認知と行動の尺度から比較・検討した実験について述べています。一般的に、ケトン食のラットの方が良い成績であった実験がいくつかあり、例えば、「水迷路」 "water maze" は、プールの水のなかのプラットフォームに載せられた食べ物の場所を学習し、記憶する能力を測るもので、ラットは、食べ物まで水の中を泳がなければなりません。スタフストロム博士は、「私は、ケトン食でラットの頭が良くなるというつもりはないが、しかし、明らかに少なくともケトン食でラットの頭は何も悪くはなっていない。」と述べました。そして、この観察された効果は、重症のてんかん発作の小児症例で、ケトン食療法中に気分や行動、認知の改善を経験する事と相互に関連しています。残念ながら、これらの改善は、活動性の増加、おそらく他動と、気づきや周囲への探索の増加をもたらします。これは、この食事療法中の小児例のなかで、いらいらが増える症例があることと関連しているかもしれません。 


実際的なアプローチ

 「ケトン食療法─苦労する価値があるか?」 "The ketogenic Diet - Is it Worth The Trouble?" と題する講演のなかで、ヒューストンのテキサス医科大学におけるテキサスてんかん総合的プログラムの準教授であるジェームズ・ウェレス James Wheless 医学博士は、彼がケトン食療法を実施するために医療センターで用いている複合的アプローチを述べています。彼は、次の二つの因子が非常に重要であると強調しました。まずチーム・アプローチの取りまとめと、患児の両親と本人の教育です。そのチームは、てんかん専門の医療的看護人員とその他の事務所の人員(教育と質問に答える為に)と、この食事療法を実施するために教育された栄養士を含むべきです。表は、ウェレス博士と彼のグループがケトン食療法の実施のために用いている、ジョン・ホプキンス病院の複数の医療センターでのプロトコールを示しています。 

ウェレス博士は、ケトン食の実施に際して関わってくる実際的な問題点について、いくつかコメントしています。その一つは、「食物を栄養学的に分類することが、ケトン食をすべての点でより実施しやすくしました。」というものです。患者の両親は、どうやってケトン食を料理し、そのためにいかにスーパーマーケットで買い物をすればいいか、特別に教育された栄養士によって、多岐にわたる一連の指導を受けます。チーム・アプローチが非常に重要で、おそらく栄養士が最も重要なメンバーです。しかしながら、多くの栄養士がこの種の高脂質・低炭水化物食を取り扱うようには教育されていないことが一つの問題点です。ウェレス博士は、両親の教育に関して、この全過程を「ケトン症治療」 "Ketosis therapy" と呼ぶのが有用であることを見いだしました。なぜなら、もしこれを医学的な治療であると考えれば、人々はその成果に適切な期待を持つけれども、それに対して、もしこれを食事であると考えれば、人々はこれはとても簡単で副作用はないと期待 
するからです。「これは医学的な治療であり、他の医学的な治療と同じく、副作用が起こり得ます。しかし、私たちはこの治療の持ち得る有効性に対して副作用を調整しようと試みているのです。」とウェレス博士は述べました。 
 
 
 


ケトン誘発食の施行のためのプロトコール。ヒューストンのテキサス医科大学のジェームズ・ウェレス James Wheless 博士のグループが作成し、ジョンズ・ホプキンス病院Johns hopkins Hospitalでの多施設研究のために開発されたものです。 

●3〜5日の入院 
 初日の絶食 
   水分維持量の67%-75%の水分摂取 
   尿ケトンの検査 
   6時間毎に血糖検査 
   初期の脳波検査 
   患者教育 
   抗痙攣薬処方の整理・単純化 
 2〜3日目(尿中ケトン 160 mg/dl) 
   4:1比のケトン食開始(2〜3食の間、一食当たりの総カロリーの1/3はエッグノッグを使用) 
   血糖検査 Dextrostix 中止 
   その後は2〜3食の間、一食当たりの総カロリーの2/3はエッグノッグを使用 
 

(訳者注)わゆるエッグノッグに似た、クリームやミルク・卵に人工甘味料で甘みを加え、バニラなどで風味を加えた、無糖の飲み物. 
 

 3〜5日目 
   4:1比のケトン食を本格的に開始 
   ビタミンBとカルシウムの補給剤を処方して退院 
   抗痙攣薬の服薬管理 

●1ヶ月目 
 てんかん専門医、看護婦、栄養士 
   必要であれば、食事療法を調節する 
   一般生化学検査、末梢血血算、血小板数 
   血清リポたんぱくの電気泳動 
   必要なら抗痙攣薬の血中濃度 

●3, 6, 12ヶ月目 
 てんかん専門医、看護婦、栄養士 
   一般生化学検査、末梢血血算、血小板数 
   血清リポたんぱくの電気泳動 
   必要なら抗痙攣薬の血中濃度 

●2年間継続する 

●1年以上かけて徐々に元に戻す 
    
 

この食事療法の適用に関して、多くの疑問が残されています。まず、部分的な飲水制限は、いぜんとしてほとんどのプロトコールの一部をなしていますが、それを含むことに今日的な理論的根拠があるようには見受けられず、その制限は長年のしきたりに基づいているのです。この食事の作用機序についてほとんど判っていないため、水分摂取の程度による飲水制限の役割は、たとえどのようなものでも評価は難しいのです。 ウェレス博士は、この疑問の答えは、現在進められている、また将来のこの食事療法の臨床試験から得られると期待している、と述べました。 

その作用機序に関する圧倒的な疑問に加え、ケトン食の実際的な適用についても多くの疑問が残されています。 
 

  • 何時開始すべきか?(つまり、何種類の抗痙攣薬の失敗の後か)
  • どのくらいの期間続けられるか、または続けるべきか?
  • 副作用は何か、どのようにチェックし、減らすことができるか?
  • この食事療法の子供や兄弟、家族への社会心理学的影響は?
これらの疑問を解決するには、さらなる研究が是非必要です。現在のこの療法の実施に伴う問題点には、栄養士がこの食事療法に不慣れであること、この食事療法中に患児の発作が改善しない場合の両親の罪悪感、認知・行動上の改善に対する親の期待、副作用の管理などが含まれます。これで、私たちは、従来の治療に反応しない難治の患者に有効であるように見受けられる治療方法を示唆しながら、その療法の実施と説明が困難であるという、特異で居心地の悪い状況に置かれます。これからの臨床研究が、ケトン食療法に関する差し迫った疑問を解くでしょうし、さらなる臨床経験が、重症で難治の私たちの患者に対するケトン食療法の実際的・日常的な適用を明らかにするでしょう。 



Controversies in Epilepsy :The Ketogenic Diet から抜粋翻訳したものです(Y.I.Orihara)。